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【記者コラム】国際競輪は現行記念との線引き必要

 2月26日、今年の外国人短期登録選手6人が決定した。4月23日開幕の松戸を皮切りに順次、出場していく。27日にはJCF(日本自転車競技連盟)強化指定選手に対する報奨金の支払いも発表された。20年東京五輪はもう間近だ。

 日本で生まれた競輪は今や、欧州でも人気種目の自転車競技だ。96年アトランタ五輪からプロ・アマのオープン化が実現。00年シドニー五輪から競輪は「ケイリン」として正式種目に採用された。これは日本の競輪界にとって最大の財産だ。70年代後半から80年代の関係者(当時・日本自転車振興会=現JKA)の先見の明と努力の継続に敬意を表したい。

 競輪の売り上げが全盛期(91~92年)を迎える前の82年、車券発売を伴う国際競輪を開始したのが「ケイリン」種目採用への第一歩だった。当時は各競輪場が本場のみの発売で売り上げは右肩上がり。あえて手間をかけて果たして売れるのか。国際競輪は敬遠されていた。

 当時の国際競輪はよく取材した。来日した外国人選手と一緒に成田空港から都内へ。その貸し切りバスの中で90年・平塚ダービー決勝戦(優勝=俵信之)を観戦したこともある。当時は1日2レースで外国人選手は4~5人ずつ出走してラインを組んだ。9割以上のレースは外国人選手の2段駆けが決まり、1、2番人気の決着。世界の強豪選手に「競輪」レースを教えることが目的の一つだった。

 五輪種目となった「ケイリン」。現在の関係団体は先輩たちが築いた財産を生かすべく、20年に万全の態勢で臨んでいる。
 ただし「競輪」は日常的に開催される。過去に○○協賛が行われたように国際トラック競技支援も行われる。現行の記念競輪のG3とは違う○○協賛、○○支援をG3と位置づけして開催する以上はある程度の線引き(開催日数、選手班別)は必要になる。

 ♤中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)熊本県生まれの55歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に関根幸夫(神奈川)ら59期生のデビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋30年。通算車券購入額上位選手①神山雄一郎②鈴木誠③小橋正義

※18年3月1日付・東京版掲載