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【記者コラム】地元・立川で涙の引退式 佐久間選手お疲れさま


 また一人、昭和デビューの名選手がバンクを去った。立川記念初日の4日、佐久間仙行(48=東京・62期)が地元ファンに別れを告げた。「僕は立川競輪場に育てられた。立川のファンは日本一です。ありがとうございました…」。涙で言葉が続かなかった。立川ファンなら誰もが知っている佐久間の実家。立川競輪場の正門前にある佐久間工務店だ。
 打鐘が聞こえる家で生まれ育った佐久間。競輪ファンの祖父と父に薦められ、競輪選手の道を志した。ダービー王・清嶋彰一(40期=引退)の弟子として88年9月プロデビュー。徹底先行で着実に力をつけ、S級1班に駆け上がった。佐久間の名前は仙行(のりゆき)だが、“さくませんこう”と呼ばれ、親しまれた。
 28年4カ月の選手生活。一番うれしかったことを聞くと「もちろん立川記念優勝(01年1月)」と即答した。佐久間の記念優勝は1回だが、その1回が地元・立川だった。
 選手人生は山あり谷ありだった。10年前に右肩腱板(けんばん)断裂で1年間も実戦を離れた。7年前には右足の悪性腫瘍(がん)で手術、3カ月間の欠場を余儀なくされた。それでもペダルを踏み続けたが「去年の立川記念を走り、自分にもどかしさを感じた。やり切ったという感じもし始めた」ことで引退を決意した。
 ラストランの16年12月22~24日の四日市最終日には家族を呼んだ。「ずっと応援してくれていた父(勇治さん)の顔を見たら涙があふれて駄目でした…」と振り返る。
 「選手生活に悔いはない。心残りは自分のただ一人の弟子、増茂るるこの今後」と優しい師匠の一面を見せた。引退後は柔道整復師として立川市内で整骨院を開く。取材、世間話、車券でお世話になった。佐久間選手、お疲れさまでした。(中林 陵治) ※17年1月5日付・東京版掲載