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ガールズケイリン・卒記チャンプ梅川 7月3日京王閣でデビュー

 一番星が輝く時がやってきた。ガールズケイリン期待の梅川風子(26=東京、写真)は京王閣(7月3~5日)でデビューする。スピードスケートで培った脚力を武器に、3月の日本競輪学校卒業記念レース(静岡競輪場)を制した逸材。強烈なプロ意識を持つルーキーに、現在の心境を聞いた。 

 言葉に力がこもる。目には強い光が宿っている。
 
 一生に一度のデビュー戦を控え、梅川は「もう時間もないので、焦りはない。それよりも自分のやることは決まっている。日々積み重ねていくだけです」と迷いなく言い切った。

 デビュー前からプロらしい言動を貫いている。同期のライバルは10代が多いが、梅川は26歳。「ここまでが長かったので。ようやくスタートに立てる」という気持ちが、自身を駆り立てている。
 
 スケートが盛んな長野県諏訪郡富士見町出身。4歳からスピードスケートを始めたが「(進学した)高校1年の合宿で嫌になって…反抗期でした」と高校を中退してしまった。都内に出て「アルバイトしながらフラフラしていた」という時期に、実家から新聞が送られてきたという。そこには、高校の同級生がインターハイで活躍している記事が載っていた。

 「悔しいなと思った」と一念発起し、一般入試を経て山梨学院大に進学。再び氷上でタイムを追い求めた。卒業後は、国体に向けてチームを編成する関西の企業とスポンサー契約し、競技を続けた。「2年間支援していただいた。北海道やカナダを拠点に、やりたいようにやらせてもらった」と感謝したが、日本のトップレベルにはなれなかった。

 「世界選手権にも出られなかった。また2年間、契約更新となると18年平昌五輪を目指すことになる。それは無理かなと思った」とスピードスケートからの引退を決めた。

 「このまま一般社会に出るのは、自分には合わない」。次の道を考えた時、ケイリン挑戦への思いが芽生えた。「スポーツで一流と言われる選手になりたい」という強い思いもあった。「ガールズケイリンはずっと注目していたし、できるとしたらこれしかないと思った。それに、大学の同期に〝ガールズケイリンをしたら〟と勧めたこともあるんです」と説明した。その大学同期の選手は日本競輪学校に入学したものの、体調不良でリタイアしただけに「彼女に勧めたのは私だし、その子の分までという気持ちもあった。きっかけになった」。今度は自身がケイリンに挑戦する番だった。

 日本競輪学校では、第1回記録会で女子生徒史上2人目のゴールデンキャップを獲得した。「学校では同期に恵まれたし、練習内容も濃かった。プロの世界に入るので、絶対にだれにも負けない。甘いことを言っていられないし、自分にも、周りにも厳しかったと思います」と振り返る。時には「練習に気持ちが入っていないよ!」と同期を叱咤したこともある。全ては「みんなと一緒に強くなりたかった。そして、私自身が先行で勝負したかった」という熱い思いからだった。迎えた3月の卒業記念レースでは、女子卒記初となる逃げ切り優勝を飾った。先行にこだわり、驚異の粘り腰でクイーンの座をゲット。17年続けたスピードスケートで培った脚力はガールズトップクラスに匹敵することを実証したのだ。


(卒業記念レースで優勝し、仲間に胴上げされる梅川)

 いよいよ来月3日にデビューの時が迫った。舞台はホームの京王閣。「徹底先行で、着を外さない選手になりたい。車券に貢献し、信頼されるように」と気合十分だ。ガールズケイリンを背負って立つ選手になること間違いなしの逸材。子供は風の子――。そんなイメージ通り、元気いっぱいの名前を持つ「梅川風子」に、期待は高まる。

♡梅川 風子(うめかわ・ふうこ)1991年(平3)3月1日生まれの26歳。長野県諏訪郡富士見町出身。山梨学院大卒。4歳からスピードスケートを始め、大学4年時に全日本学生選手権500㍍優勝。卒業後は実業団チームに所属、15年冬の国体2000㍍リレーで和歌山代表として2位。112期(ガールズケイリン6期)。在校成績は54戦26勝、2着8回で第3位。師匠は内田玄希(94期)。登録は東京。1㍍58、60㌔。血液型A。

<同期ライバルもハイレベル>
 〇…今回デビューする新人はハイレベルだ。梅川が「先行力があって、一緒に切磋琢磨してきた」と語る吉村早耶香(19=静岡)は7月8~¥10日の地元静岡で初陣。梅川とともにゴールデンキャップを獲得した太田りゆ(22=埼玉)は高松(7月12~14日)に登場する。在校成績1位の大久保花梨(19=福岡)は7月9~11日の松戸、男子の卒業記念レース制した南潤(19=和歌山)は和歌山(7月6~8日)が初戦となる