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【記者コラム】26年連続出場! 寛仁親王牌を最も知る神山

 寛仁親王牌があす6日、開幕する。9月・武雄共同通信社杯後の記念競輪は青森を深谷、松戸を諸橋が優勝。寛仁親王牌終了時(9日決勝)には今年のグランプリ争いも絞られてくる。

 寛仁親王牌はサブタイトルが「世界選手権記念トーナメント」。90年に前橋ドームで世界選手権を開催した記念として始まった。その世界選は当時、日本の国際競輪でも圧倒的な強さを見せつけていたM・ヒューブナー(当時東ドイツ)がサイボーグ級の肉体で活躍したのが記憶に残る。

 記者は前橋の旧400バンク(現在は前橋公園)時代に取材を始めた。90年、当時初のドームバンクで見たレースは「展開が速いな…」と強く感じた。

 その後、92年5月の第1回大会から「寛仁親王牌」が下賜され、94年第3回から4日制の特別競輪へと昇格。92年は3月に前橋ダービーを開催、吉岡稔真氏が史上最速のダービー制覇を達成した。吉岡氏は当時、〝ドームの申し子〟と呼ばれていた。

 寛仁親王牌は01、05、09年は青森競輪場で開催。01年は岡山登録から新潟に移籍した小橋正義氏(引退)が優勝。西日本登録と東日本登録でGⅠ優勝は初の快挙だった。小橋氏は寛仁親王牌を4回優勝。相性のいい大会だった。11~15年の5年連続の弥彦開催はまだ記憶に新しい。


2000年に前橋競輪場で開催された「第9回寛仁親王牌」で優勝した神山雄一郎(=写真中央)
 
 寛仁親王牌の大記録は神山雄一郎が第1回大会から26年連続出場を続けていることに尽きる。つまり神山が寛仁親王牌を最も知る選手なのだ。優勝は96、97年の連覇を含め3回。今年の出場メンバーを見渡すと、61期(神山)の次は村上義弘の73期になる。これでも神山の偉大さが分かる。スピードバンクの中でベテラン神山の技も、また見どころの一つになる。

中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)、熊本県生まれの55歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に坂本英一(栃木)ら59期生のデビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋30年。勝負レースは5車の結束、競り、番手まくり。

※10月5日付・東京版掲載