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【記者コラム】「神山がいたから頑張ってこられた」紫原 同期の絆

 3月25~27日の小田原FⅠスポニチ杯。26日のレース終了後に検車場で談笑する神山雄一郎と紫原政文の同期2人には〝35年間を戦ってきた仲間〟にしか醸し出せない雰囲気があった。

 神山と紫原の61期生は88年5月にプロデビュー。神山は在校成績断トツ、紫原は中野浩一氏(福岡=引退)の愛弟子として注目を集めた。それから35年、神山は16回のGⅠ優勝、通算獲得賞金など数々の記録を樹立してきた。

 神山と紫原の2人に共通のタイトルがある。さて何か?オールドファンなら〝競輪祭新人王〟を思い出すでしょう。当時(98年まで)の競輪祭はデビュー3年未満の上位選手36人により新人王戦が争われた。神山は89年の新人王、紫原は90年の新人王に輝いた。優勝した紫原が引き揚げてくると中野浩一氏と抱き合ったシーンを覚えている。

 ちなみに89年の新人王を優勝した神山は規定により90年は競輪祭の競輪王戦に出場。61期生からただ1人の競輪王参戦だった。

 「神山がいたから頑張ってこられた」。紫原からは何度となく、そして61期生の多くから聞いた言葉だ。紫原は来期(7~12月)はA級に降級するが「また頑張って(神山がいる)S級に戻りたい」と55歳になっても気持ちは前向きだ。

 通算勝利数375勝の紫原が「神山(899勝)は凄いです」と神山のレースを応援するシーンもあった。2月向日町の初日1着で通算900勝に王手をかけた神山は小田原の後に3~5日の玉野に出走。玉野成績は④④落で900勝は次走以降(次走斡旋は10~12日の取手FⅠ)に持ち越しとなったが、5日の落車直後だけに影響が心配される。

 ちなみに競輪史に残る通算勝利数1位は故・松本勝明氏(京都)の1341勝。(当時は1日に2回走る開催もあった)。

 ◇中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)生まれ、熊本県出身の60歳。慶大卒。87年4月入社、同5月から競輪記者。以来、現場取材一筋36年。デビュー戦(59期以降)から見た選手の中で最強は神山雄一郎、最速は吉岡稔真。

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