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【記者コラム】記念初日の特選は選択制もアリ

 各競輪場の年に1度のメインイベント・開設記念競輪が4日制開催に変更されたのは02年4月の川崎記念から。当時の初日の番組は特選3個、選抜3個、一次予選5個。10年から初日の番組は特選3個、残りが一次予選に変わり、19年から現行(初日は特選1個、残りが一次予選)の番組構成になった。初日が特選3個レースだと2日目メインは主に優秀競走(準決勝権利=失格除く)となる。

 ビッグレース(GⅡ以上)には選考基準がある。しかしGⅢの記念は斡旋。記念の開催月、開催数によりS級S班の出場人数は推理できる。また出場選手は開催場の施行者の意向も考慮される。施行者は年に1度のイベントに全力を注ぐ。競輪事業に明るい施行者と話をする機会も多いが、その中で「初日は(以前の)特選3個か(現行の)特選1個か」も話題になる。私は出場メンバーが決まってから開催施行者が初日番組を選択、決定するのもありだと思う。

 昨年12月に引退した神山雄一郎氏の「GⅠ優勝16回を振り返る」の2回目は94年6月の高松宮杯(以下、敬称略)。決勝戦は神山が1」番車、吉岡稔真(福岡=引退)が2番車。神山の後ろは尾崎雅彦(東京=引退)と小橋正義(当時岡山=引退)で競り。また吉岡の後ろは井上茂徳(佐賀=引退)と紫原政文(福岡)で競りという当時ならではの並び。レースは吉岡の巻き返しに後ろが離れ、神山が吉岡に続く流れから抜け出した。

 神山は吉岡との直接対決を制して優勝。しかし2歳下の吉岡は既に92年に日本選手権、小倉競輪祭、グランプリを優勝。93年は小倉競輪祭を連覇。そして94年3月にはS級18連勝(当時の記録)を塗り替えていた。「吉岡君に認められる選手になりたいと頑張ってきた」と振り返る神山は〝まだまだ〟の気持ちだったはず。しかし本格化を加速される優勝劇の一つだった。

 ◇中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年生まれ、熊本県八代市出身の62歳。慶大卒。87年5月の花月園新人リーグで競輪記者デビュー。以来、現場取材一筋38年。デビュー戦から見た選手で最強は神山雄一郎、最速は吉岡稔真。9車の勝負レースは5車の結束、番手捲り。

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