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【記者コラム】S級戦は9車の道を残して

 6月7日決勝の取手記念は吉沢純平(37=茨城)の優勝で幕を閉じた。

 また最終日は9RでレインボーFが行われた。勝負駆けの2着でS級に特別昇級を決めた台和紀(埼玉)は「S級で戦えるのはうれしい」と喜び、「やはり9車は面白い」と続けた。小原唯志(茨城)は6着に敗れたが来期から(7月~)S級に復帰。「S級で走りたいのはもちろんだけど9車で走りたい」。S級復帰を目指す選手からは〝9車願望〟の声を耳にする。

 初の地元記念で注目された吉田有希(茨城)。二次予選で敗退したが4月の青森GⅢに続いて今回も「9車立ての実戦の少なさ」を口にしていたように7車と9車は〝2車〟が大きく違う。この2車の差が車券の魅力の一つになる。

 S級が7車立てになったのは新型コロナウイルス感染拡大防止のため2年前の20年7月から。当初は記念競輪も7車立てで実施。その後、GⅢ以上は9車立てに戻ったがFⅠのS級は7車立てで行われている。

 ベテラン選手やオールドファンに「(コロナ収束後に)9車に戻るの?」と尋ねられるが、〝厳しくなった〟と答えている。理由は7車立てで売り上げが堅調な以上、費用がかかる9車に戻す必要がないから。

 開催を主催する施行者は3~5年で異動が多い。通算で10年以上、競輪に携わった施行者なら競輪事業と共に〝競輪の継承〟を考えて9車立ては外せない案件となるが、施行者歴が浅ければモーニングやミッド活況の現状で多くを望むのは難しいだろう。

 現行の費用対効果を考えるとA級戦が今後、9車に戻ることはないと思う。ただしS級戦だけはGⅢ以上だけでなくFⅠも9車に戻す道を残してほしい。選手が〝S級で頑張る〟発奮材料になるし、〝競輪は9車〟と思い込んでいる私のようなオールドファンの車券欲にもつながる。競輪事業に詳しい施行者には特にお願いします。

 ◇中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)7月13日生まれ、熊本県出身の59歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に小橋正義(引退)ら59期生デビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋36年目。9車の勝負レースは5車の結束、番手捲り、競り。

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