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【記者コラム】明日開幕!共同通信社杯‼

 17日「共同通信社杯競輪」が開幕。同競輪は第37回目を迎えるが、第1回開催は88年10月の平塚競輪場。87年に記者デビューした私は同競輪の変遷(へんせん)を知るとともに第4回から取材している大会。 

 第1回から6回までは一発勝負で行われた。出場選手の選考基準は全国8地区(北日本、関東、南関東、中部、近畿、中国、四国、九州)の競走得点1位者と推薦選手1人の計9人。 

 一発勝負で記憶に残るのは第4回(91年)優勝の郡山久二(大阪=引退)と第6回(93年)の神山雄一郎(栃木)。郡山は89年のグランプリ(開催中止)に選出されるなどタイトルに近い一人だった。〝タテ脚のある〟追い込みはファンを魅了(私もその一人)した。8月の平オールスターで優勝した古性優作(大阪)が共同インタビューで「お世話になってる郡山さん(に感謝)」と郡山の名前を挙げた時には郡山の笑顔が浮かんできた。 

 第6回の神山は悲願の特別競輪初制覇(93年9月の宇都宮オールスター)後に同大会(10月=広島)に臨んだ。93年のグランプリメンバー6人が出場したレースは圧巻の逃げ切りだった、と記憶。〝神山本格化!!〟を強く印象づけた。 

 第7回は8月の大垣全日本選抜競輪の冠レースの「スタールビー賞」として開催。第8回(96年)から4日制の準特別競輪に格上げされた。第8回から第13回(01年)は1月に開催。厳冬の中で開催される〝新年初のビッグ〟だった。 

 第14回(01年)から第21回(08年)までの8大会は10月開催に移行。その後3年間は年2回開催、12~15年の4月開催を経て16年から現行の開催に至る。過去36回の同競輪で一発勝負、厳冬の1月、秋の10月、春の4月を全て優勝したのは神山のみ。「共同通信社杯は優勝してもグランプリ出場の権利はないが、グランプリ出場(取得賞金額順位)には大事な大会」となることは確かだ。 

 ◇中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)7月13日生まれ、熊本県出身の59歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に小橋正義(引退)ら59期生デビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋35年目。勝負レースは5車の結束、番手捲り、競り。