ニュース&記者コラム

諸橋愛さん死去 落車事故で 49歳S級1班選手

 競輪選手の諸橋愛(もろはし・めぐむ)さんが21日午前2時14分、頸髄(けいずい)損傷による多臓器不全のため、奈良市の病院で死去した。49歳。新潟県出身。競輪を統括するJKAが22日発表した。諸橋さんは12日に同市の奈良競輪場で行われたレース中の落車事故で病院に救急搬送されていた。悲報を受け、日本名輪会会長で本紙評論家の井上茂徳氏(68)が事故撲滅へ提言を寄せた。

7月に伏見俊昭さん亡くなったばかり…

 またしても落車事故で競輪界が深い悲しみに包まれた。諸橋さんは12日、奈良競輪場の11レース「S級準決勝」に5番車で出走。

 最終2センターで内に進路を取ったところ、他の選手と絡み顔面からバンクに叩きつけられるように落車。応急処置を施された後、奈良市内の病院に救急搬送されたが、21日午前2時14分に死亡が確認された。

 97年4月に79期生としてプロデビュー。00年7月の寛仁親王牌でGⅠデビューを果たすと、そのままビッグレースの常連になった。17年9月にはGⅡ共同通信社杯でビッグ初制覇。

 同年12月のKEIRINグランプリに初出場し、翌年は競輪界で9人しかいないS級S班に格付けされた。今年もここまで行われた3つのGⅠ全てに出場するなど、現在もトップレーサーの一人として活躍していた。

 競輪では過去にレース中の死亡事故が51件起きている(本紙調べ)。最近20年では、08年9月の一宮競輪場での内田慶さん(享年27)、12年7月の小田原競輪場での坂本照雄さん(享年40)。そこから14年間、死亡事故はなかったが今年7月に松阪競輪場での事故で伏見俊昭さん(享年50)が帰らぬ人となった。

 伏見さんは04年にアテネ五輪で自転車競技初の銀メダルを獲得。優勝賞金1億円を超える競輪界最大のレース「KEIRINグランプリ」も2度制した大スターだった。そのわずか2カ月後、またトップ選手が亡くなるという悲痛な事故に競輪界はショックを隠し切れない。

 JKAの木戸寛会長は「諸橋愛選手が競走中の事故で命を落とされたことは、誠に痛恨の極みであります。競輪界では、本年7月の事故を受け、競走においての安全対策を検討・実施している最中、立て続けに大きな事故が起きてしまったことを極めて重く受け止めております」とコメント。

 日本競輪選手会の安田光義理事長は「再発防止の検討を一層加速させ、選手が安心して競走に臨める環境の実現に向けて、全力で取り組んでまいります」と語った。


 ◆諸橋 愛(もろはし・めぐむ)1977年(昭52)7月21日生まれ、新潟県出身。79期生として97年4月プロデビュー。通算成績は2377戦435勝。生涯獲得賞金は9億7018万500円。主な優勝は第33回GⅡ共同通信社杯(17年、武雄)。17年にKEIRINグランプリ(平塚)に出場。18年にはS級S班に格付けされた。1㍍72、75㌔。血液型O。師匠は小川隆(45期=引退)。

 井上茂徳氏が提言「ギアの規制が必要」 軽ければ減速しやすく操作性上がる

 またしても事故が起こってしまった。落車をゼロにすることは難しいが、少しでも減らすにはギアの規制が必要だ。

 現在は、よりスピードを出せるようにギア比を大きくしている。ただ、これは操作性に乏しい。競輪の自転車はブレーキがなく、踏み止めて減速をする。

 大ギアだと踏み込むのにも、減速するのにも大きな力が必要で事故を避けにくい。現在3・93が最大のギア比を以前までの3・57までに規制すればいい。軽いギアならば、減速もしやすく操作性も上がり落車を避けやすい。

 また、大ギアを踏み込むために、選手は極端に言えば立ちこぎのイメージでペダルを踏みつける。これだと落車の際に顔面から突っ込み大ケガにつながりやすい。

 軽いギアならスピードに乗ってからサドルの後ろに座ってうまくスピードを維持できる。ギア規制で大事故も防げる。

 現在は世界を目指す自転車競技のノウハウも入り、スピードに特化した自転車、競走になっている。スピードが出ることは迫力にはつながるが、〝競輪〟ファンはそこにお金を賭けているわけではない。

 選手の安全を守ることが、ファンの車券を守ることにもなる。それが競輪界のためである。(本紙評論家)

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