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【記者コラム】見直すべき宮杯の準決の厳しさ

 70回の節目となる宮杯が開幕。宮杯は1950年4月に高松宮同妃賜杯として始まり、73年の24回大会から高松宮杯、そして98年の49回大会から高松宮記念杯の名称で開催されている特別競輪だ。
 
 宮杯の特徴の1つは24回から52回まで行われていた東西対抗形式。記者が初取材した89年の40回大会(6日制)は東日本地区72人、西日本地区72人が出場。一次予選、二次予選の勝ち上がりは厳しく同地区での競りもあった。その後、99年の50回大会から4日制になったこともあり、勝ち上がり方式が何度も変更されて昨年から現行になった。記者が感じるのは準決勝の厳しさ(東西各2レース)。選手の3着勝ち上がり権利と3連単車券は=(イコール)であるべきだ。
 
 そして宮杯といえば大津びわこ競輪場。10年の61回大会まで大津びわこ固定だった。また〝雨の宮杯〟の別称もあったが、梅雨時期だけに雨が多いのは自然のことだった。11年の62回大会からは前橋、函館、岸和田、宇都宮、名古屋の5場で開催。岸和田は3年連続5回目で来年は和歌山で開催される。
 
 「平成を振り返る」は平成14年の2002年。1月に開催時期が変更された競輪祭は山田裕仁(岐阜=引退)が優勝。3月ダービーも山田裕仁が連続V。6月の高松宮杯は山口富生(岐阜=68期)が山田を差して特別競輪初制覇。兄の幸二(岐阜=引退)が富生を乗せたカートで表彰式に向かったシーンが記憶に残る。
 
 7月寛仁親王牌は松本整(京都=引退)が優勝。続く9月オールスターも松本整の優勝で特別連覇となった。11月全日本選抜は村上義弘(京都=73期)が特別競輪初優勝、村上伝説の始まりとなった。12月の立川グランプリは山田裕仁が5年ぶり2度目のGP制覇。山田の年間取得賞金2億4434万円は新記録となった。
 
 ♤中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)7月13日生まれ、熊本県出身の56歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に小橋正義(引退)ら59期生のデビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋32年。一番の思い出のレースは平成14年6月の高松宮杯。