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【記者コラム】「走りたい」笹治に奇跡よ起これ

 もう一度、バンクを走りたい――。昭和デビューの笹治稔(54=北海道)が懸命にリハビリに励んでいる。

 

 笹治は55期生として85年5月にデビュー。派手なタイプではないが、自分の役割を果たす玄人受けする走りが魅力の1人。30代前半までS級とA級が主戦場でA級は常に優勝争いを演じた。地元戦の函館はA級で2回優勝。1回目は「20代の時で3連勝」。2回目は「40歳ぐらいの時に(山田)敦也(北海道・88期)を差して優勝」が思い出に残る。

 

 50歳を超えても地脚で健在ぶりを見せていた笹治だが、昨年9月14日の練習中に落車。骨盤骨折の重傷を負った。そして11月には肺塞栓症、生死の境をさまよった。肉体的にも年齢的にもそろそろ…(引退)の声も聞こえたが「もう一度走りたい」という強い思いで今年4月から「ボチボチ身体を動かして」リハビリに努めた。しかし右足首が思うように動かず「(復帰は)厳しいかな…」の状態が続く。それでも「走りたい」。笹治は奇跡を願い今日もリハビリに励んでいる。

 

 「平成を振り返る」は平成18年の2006年。1月の競輪祭は小倉竜二(徳島=77期)が99年11月以来、2度目の競輪祭優勝。小倉は前回Vに続いて吉岡稔真(福岡=引退)の番手だった。3月の立川ダービーは吉岡が鮮やかな復活劇。吉岡のダービー優勝4回は最多記録となり、後に村上義弘(京都=73期)が16年の名古屋で大記録に並んだ。

 

 6月の高松宮記念杯は山崎芳仁(福島=88期)が兄弟子の佐藤慎太郎(福島=78期)を連れて〝無欲の逃げ切り〟。7月の寛仁親王牌は後閑信一(東京=引退)が優勝。当時の後閑は群馬登録で地元GⅠ制覇となった。この年は12月に吉岡稔真引退の一時代の区切り。9月から〝吉岡引退のその時〟までは次回掲載。(中林 陵治)