先月29日に現役引退を表明した村上義弘(48=京都)が10月5日、東京・板橋区の日本競輪選手会で引退会見を行った。村上は「競輪選手になって28年間、日本一の競輪選手を目指し、頑張ってきた。引退を決めた理由は燃え尽き、競輪選手として心身共に完全燃焼できたと思えたから。速くて、うまくて、強い、理想とする日本一の競輪選手にはなれませんでしたが、仲間、友人、家族、そして何よりも多くのファンの皆さまに愛されて誰よりも幸せな競輪人生を送れたと思います。本当にありがとうございました」とあいさつした。
ラストランとなった9月12日の松阪FⅠ戦。「出走表を見たら連対率が0%。こんなことは初めて」。最終日の1着は「番手に飛び付いて抜いた。久しぶりに自分らしいレースができた。ずっと連に絡めずファンをがっかりさせてきた。これ以上、ぶざまな走りを見せ続けるのは良くない」。次の斡旋は毎年、特別な思いで参戦してきた地元の向日町記念。「出るか迷ったが、これが最後という気持ちがあるとレースに影響が出る。走るべきではないなと」。引退を決めたのは自宅へと帰る車の中。「帰ってすぐ妻に話した。突然のことでびっくりしていたが何も言わず〝お疲れさま〟とだけ…」。そう話すと、こみ上げる思いをこらえ切れず、数分間、黙り込んだ。
思い出のレースは「多すぎて決められない」としたが、転機となったのが初のGⅢ優勝の00年向日町記念。「自分の番手は一緒に練習する松本整さん(引退)。ゴール前は自分を抜くために本気で体をぶつけてきた。あれから自分の甘さがなくなった」。今後については「全くの白紙。ゆっくりして家族孝行をしたい」。会見の最後には山口幸二氏と市田佳寿浩氏がサプライズで登場。村上に花束を手渡すとがっちりと抱擁してねぎらった。