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【記者コラム】「枯れた自分が…」記憶に残る滝澤のGP優勝

 令和元年最後のGⅢ・伊東記念は18年MVP・三谷竜生(32=奈良)の優勝で幕を閉じた。今年のグレード戦線は大一番の「グランプリ2019」(30日、立川)を残すのみとなった。

 

 今回は「平成のグランプリ」を振り返る。中でもオールドファンの記憶に残る元年からの10年。元年(89年)は何と開催中止。翌年度の選手賞金を巡り、競輪選手会と関係団体の交渉が決裂。5回目のGPは〝幻のグランプリ〟となった。

 

 2年は坂本勉(青森=引退)3年は鈴木誠(千葉=引退)が充実ぶりを見せつけて優勝。4年は吉岡稔真(福岡=引退)が初出場V。年間取得賞金1億9000万円は過去の記録を大幅に塗り替えた。

 

 5年は滝澤正光(千葉=引退)、6年は井上茂徳(佐賀=引退)のビッグネームが復活V。特に5年の滝澤は「(全盛時を過ぎて)枯れた自分が優勝できました」と雄叫びを上げてウィニングラン。見守るファンが涙を浮かべ「たきざわ~」と絶叫。声援に応えた滝澤が12月30日の底冷えする立川バンクでユニフォームを脱ぎ捨て何度も手を振ったシーンが記憶に残る。

 

 7年は西の横綱・吉岡が復活V。この年、世界選手権で鎖骨骨折を負った吉岡は状態面に不安があった。一方、東の横綱・神山雄一郎(栃木=61期)はこの年、GⅠ3勝を上げて万全の状態。しかし吉岡が〝不死鳥〟のごとくよみがえり、伝説に新たな1ページを加えた。

 

 8年はアトランタ五輪銅メダリストの十文字貴信(茨城=引退)の出場で注目を集めた。5人が落車するアクシデントの中、小橋正義(当時岡山=引退)が優勝。9年は山田裕仁(岐阜=引退)がGⅠタイトルより先にGPを優勝。10年は山口幸二(岐阜=引退)が勝負強さを見せた。

 

 元年~10年は競輪中継が少なかった時代。その時、その場で一度だけ見た大一番は今でも記憶に残る。令和初のグランプリもまた名勝負が演じられる。

 

 ♤中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)生まれ、熊本県出身の57歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に小橋正義(新潟=引退)ら59期生のデビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋32年。平成元年~10年の思い出のグランプリは神山の4年連続(7~10年)2着。