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【記者コラム】声援とヤジがあってこそ競輪

 今年初のGⅢ、立川記念鳳凰賞は平原康多、郡司浩平、清水裕友のSSを中心に激戦が繰り広げられる。
 昨年は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため2月末から無観客開催となり、4~5月は開催中止が相次いだ。その後も入場制限をはじめ感染症拡大防止策の中で開催されている。
 無観客開催―。ミッドナイト競輪では通常だが、競輪は賞金制のプロスポーツである以上、観客の前で脚力と技を見せるギャンブルだ。昨年2月末の立川S級戦最終日以来、昼間の無観客開催を何度も見たが、記者世代では違和感がある。
 立川記者席には過去のさまざまな記録が掲示してあるが1日の最高入場者数は5万4313人(72年1月の記念最終日)。この中で走った選手は、まさに〝選手冥利〟に尽きたはず。
 91年12月のグランプリシリーズ、前座のS級決勝戦を走った当時新人の吉岡稔真は「次のレース(GP)は地鳴りがした。僕も来年はこの舞台で走りたいと強く思った」と振り返ったようにファンの声援は大きな励みになり選手を育てた。
 選手を育てるのは声援だけでない。命の次に大事な金を賭けている以上、ヤジも切り離せない。車間を空けて抜き損じた選手、行けるチャンスがありながら仕掛け損じた選手。今でこそファンはおとなしいがヤジが飛んで当たり前と思う。現在、評論家として活躍中の名選手たちも「ファンのために走れ‼という意識を叩き込まれた」と振り返る。車券を買い、バンクに向かって思い切り声を出すのも競輪の魅力の一つ。その熱気は選手を育ててきた。
 競輪が売り上げ第一の事業であることからミッドナイト(無観客)も大事な市場だが「観客の前で走るのがプロの競輪」という基本を忘れてはならない。無観客、入場制限の開催があった昨年から強く思う。同時に1日でも早く大声を出せる競輪場に戻ってほしい。
 ♤中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)7月13日生まれ、熊本県出身の58歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に関根幸夫(引退)ら59期生デビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋34年。勝負レースは5車の結束、番手捲り、競り。